10/05/2016

何が差別なのかわからない差別

アメリカ生活の中で、常につきまとうのが差別です。 もちろん、アメリカだけでなく、日本でも起こり得ることなのですが、移民の国ではより顕著です。

アメリカの差別問題はあまりにも奥が深くて、この食べたり飲んだり中心の軽いブログには似つかわしくない話題なのですが、ちょっとだけ、ここでシェアします。

昨日行ったソノマのレストランでの出来事です。


元々、別のイタリアンレストランに行く予定をしていたのですが、愛犬を連れていくことにしたので、ドッグフレンドリーのイタリアンレストランへ予約変更をしました。 このレストラン記事は(こちら)です。

ソノマのダウンタウンで買物していた私たちはレストランの予約時間に遅れそうになりました。 なので、夫が買物の支払いを済ませている間、愛犬と私はレストランに先に到着しました。

レセプションで予約ある旨を告げると、犬連れはパティオには入れないので、入口に並んでいる丸くて小さいテーブルで食事するように言われました。 ウエイティングの人用のイスで、テーブルにはクロスはなく、お皿1枚しか乗らないサイズのテーブルです。

予約の際に小さい犬連れであることを明記していたので、パティオに入れないのであれば、事前に知らせてほしかったと思いました。 ここで少し不愉快。

とにかく、その小さいテーブルのところで、夫が来るのを待っていました。 5分もしない内に、夫は到着。 サーバーは料理、ワイン、本日のスペシャルなど、テーブルに乗らないくらいたくさんのメニューを持ってきました。

料理とワインを決めて注文すると、その後、サーバーがやってきてパティオ席に移動したら、と言いました。 なにを今更、と思いましたが、パティオに移動することにしました。 パティオにはクロスがかかった広いテーブルがありました。

食事をしながら素敵なパティオを見ると、なぜ最初からパティオに入らせてもらえなかったのか? 強い疑問です。

愛犬が差別されたのか? サービス🐶ではないので、そうかもしれません。

アジア人の私が差別されたのか? そういう事はもちろんあります。

白人(という言葉は使いたくないですが)の夫が後から来たので、パティオでの食事を許されたのだろうか? これまでも、夫と私への態度が違った経験はありますので、そうかもしれません。

注文した料理の金額によってパティオ行きを許されたのだろうか? そうかもしれません、パスタとグラスワインだけだったら、パティオへ移動できなかったかもしれません。

という疑問があるのですが、要は、何が差別かわかりませんが差別されました。 少なくても、そう感じています。 明らかな差別ではなくても、差別ではないかと思われることはたくさんあります。

私自身、このような事にいちいち腹を立てていては、米国生活は成り立たないので、こんなレストランには二度と行かないと思うだけのことです。

差別とは人種、性別、宗教、思想、年齢、性的指向、職業、容姿などなど、山のようにあります。 一見差別されているとは思われない白人夫でも、年齢差別されたと感じることがあるらしいです。

明らかな差別である場合は、それなりの行動をとりましょう。 公にしないと、ヘイトクライムは減りません。

そんなことを考えた日でした。


7 件のコメント:

  1. こんにちは。
    nobikunJです。

    私も仕事でアメリカ人とご一緒する機会が多いのですが、やはり露骨に見下したような態度をされることがあります。
    私は子供たちに英語を教えているのですが、私の授業を受ける条件を一つだけ言い渡してあります。
    それは、人種や性別といった自分自身では選ぶことのできないことでいじめたり、仲間外れにしないこと。
    もしそんなことをするようであれば、人とのコミュニケーションのToolである英語を学ぶ資格はないからです。
    実は、結構厳しい先生です。

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    1. こんにちは、nobikunJさん、コメントありがとうございます。 やはり感じる時あるのですね。 最近の日本は国際化されてきているので、より差別について学校できちんと教える必要がありますよね。 子供たちは時にわからずに残酷なことを言ったりしますので、nobikunJさんのような先生が必要であると思います。 でも、子供はイノセントですが、大人の差別発言はどうにかしてほしいですね。 

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  2. アメリカに長く住めば住むほど、肌で差別を感じるようになりました。全部の白人とは言いませんが、やはり態度に出ています。 今回のレストランの対応はとても不愉快なものですね。 私と夫は、アジア人同士なので、なんか、態度が違うんじゃないかと思うことあります。

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    1. きぶたさん、長く住めば住むほど、言葉ではっきりと言われなくても感じますね。 ハラスメントと一緒で、差別された方がそう感じれば、差別なんだと思います。 全然感じないという人は相当な鈍感、或は、差別されている自分を考えたくない人だと思います。 でも、偏見のない人もたくさんいるので、きっと私たち長くこの国で生活できているのでしょう。

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  3. 皆さん、私もこのアメリカで30年以上生活してますから、日本がどんなに経済大国であろうと、やはり数え切れないぐらい日々の生活でちょっと傷つくことあります。でも、、、そんな自分だってブラウン、ブラック系の人を意識しないで見下してることもあるかも。これはアメリカに限ったことではなく、日本でもどこでも世界中にある人間の本能なのかもと思います。ただ残念なのは、長年のアメリカ生活での私自身の体験からブラック系の人々を自然と避けているのも正直な気持ちです。何度かの怖い体験から学んだこともあります。

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  4. 皆さん、私もこのアメリカで30年以上生活してますから、日本がどんなに経済大国であろうと、やはり数え切れないぐらい日々の生活でちょっと傷つくことあります。でも、、、そんな自分だってブラウン、ブラック系の人を意識しないで見下してることもあるかも。これはアメリカに限ったことではなく、日本でもどこでも世界中にある人間の本能なのかもと思います。ただ残念なのは、長年のアメリカ生活での私自身の体験からブラック系の人々を自然と避けているのも正直な気持ちです。何度かの怖い体験から学んだこともあります。

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    1. Ayakoさん、コメントありがとうございます。 おっしゃる通りです。 差別はアメリカとか日本とか関係なく起こることで、これは人間の習性みたいなものなのかなと私も思います。 自分が差別されると気になりますが、気が付かない内に、自分も差別しているかもしれないのです。 過去の怖い経験からブラック系を避けてしまうのも理解できます。 私も過去の経験から、ブラック系ではありませんが、とある宗教や人種とはできれば関わりたくないと思っています。 でも、社会生活においては絶対それを出さないようにしています。 やっぱりこれは奥が深いテーマですね。

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